| バドミントンで腰痛 |
年のせいかバドミントンをした翌日は腰が痛いことが多い。でも月曜日にはたいてい治るのだが、今回はまだ痛い。健康のためのバドミントンだが、そろそろテニスにでも変えたほうがいいのかな? と思う今日この頃だ。
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| 札幌でバレエコンクール |
娘は札幌で開かれるバレエコンクールに参加するため、本日出かけた。飛行機に乗るのは2度目。向こうでレッスンがあるので5泊6日になる。先生が引率し、生徒だけ。 こんなに長い間家を離れて一人で生活するのは初体験だが、本人はいたって平気。
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| セキュリティーソフト |
ぺん吉のはノートンでパソコンに入っていたやつ。賞味期限は3か月だけど、リカバリーするとまた3か月使えるようになる。2006年版を入れても賞味期限はたったの1年。他のソフトは古いのを我慢すれば少なくとも5年くらいは平気で使えるのに。 セキュリティーソフトは1年たつと使えないのだろうか?
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| 当て逃げ |
妻が駐車場にとめておいたときにやられた。でもすぐには気付かない程度の凹み。でもまだ買って1年足らずで、気になるので保険で修理することにした。保険の割引率は3ポイント低下するが、たいしたことはない。 当て逃げは自分でもやってしまいそうなので、あまり腹は立たない。運が悪かったと諦めた。
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| 久々のドッグラン |
このところ雨が続き、なかなかいけなかったが、ようやくいけた。 入るときはマイクで「チャイちゃん、入ります」アナウンスがある。すると遊んでいたワンちゃんが一斉に寄ってくる。 チャイはシェパードが苦手で、シェパードが入ってくるとずっと吠えまくる。仕方なくある時期から飼い主はチャイがいるときは、本来小型犬用に作った小さな囲いの方に入れて遊ばせる。シェパードが先に来ていても、チャイが来ると、すぐに小さな囲いに移動してしまう。これってちょっとひどいんじゃない? と思うが、チャイが年上でランクが上と思っているせいで、この一見不条理な待遇を甘んじて受けている。
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| 夏祭り |
娘の小学校で夏祭りがあった。6年生なので今年で最後の夏祭り。障害児も参加していた。 夕飯はここで、トン汁(\150)、うどん(\250)、とうもろこし(半分\150)の順で食べ、合計\500円だった。ビールはなかった。

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| 明日は小学校の夏祭り |
背も伸び去年の浴衣はもう着られず、新しい浴衣を買った。 去年までは太鼓叩きに参加したが、今年は習いものが忙しくて申し込まなかった。 
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| 人間の才能は多様 |
「峠」司馬遼太郎著 より。
主人公は河合継之助。外国から多くの国が日本にやってきて開国を迫っている幕末の動乱期、継之助は藩の家老に頼み込み、諸国漫遊の旅に出て、世の中の著名な人と会い見聞を広めた、再び藩に戻った。 父親の勘定奉行職を受け継ぐのが当時の普通の武士の生きた方だが本人はまるでその気がない。藩体制はまもなく崩壊する、今自分がなすべきことは藩を救うこと。それには家老になるしかない。と思い込み、勘定奉行の職を継ぐ気はまったくなく、毎日家でぶらぶらしてすごしてた。そんな中での妹との会話。
「人間の才能は多様だ」と継之助は妻に言った。「小吏に向いているという男もあれば、大将にしかなれぬという男もある」 「どちらが幸福でしょう」 「小吏の才だな」継之助は言った。藩組織の片隅でこつこつと飽きもせず位置佐奈事務をとってゆく、そういう小器量の男に生まれついた者は幸福であるという。自分の一生を疑いももたず、冒険もせず、危険の淵に近づきもせず、ただ分を守り、妻子を愛し、それなりで生涯をすごす。 「一隅を照らす者、これ国宝」継之助は言った。叡山をひらいて天台宗を創設した伝教大師*のことばである。生真面目な小器量者こそ国宝であるというのである。 「お兄様は?」 「お見かけ通りさ」 どうみても伝教大師が愛した小器量者ではない。 「大器量者?」 「そうとしか思えぬ」と照れもせず、苦い顔で言った。この生まれつきは不幸である、と継之助はいう。小器量の職分なら世には無数にあるが、しかし、大器量者の職分はめったにない。常に失業せざるを得ない。
以上より、ぺん吉は己の幸せをあらためて実感した。
* http://www.butsuzou.com/jiten/dengyo.html
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| バドミントン |
以前は土曜日体育館が使えなくなることが多かったが、管理を市から自治管理に変えてから毎度曜日ほぼ確実にできるようになった。 夏の体育館はサウナのようで疲れも倍加する。息も絶え絶えで、あえいでいたら、パートナーの元気なもとおねーさんに「後ろであえいでいる声で調子が狂ってしまった」と嫌味を言われた。 適当に力を抜いてやればいいのだろうけど、上にあがったシャトルはすべてスマッシュで打ってしまうので人一倍体力を使ってしまう。目的は運動のためにやっているのだからいいのだけれど、うるさいと感じる人もいるのは新たな発見だ。次週からは疲れても静かにあえぐようにしなくちゃ。って思った。 終わった後酸欠で少し気分が悪くなったがスポーツ飲料を買って飲んで何とか電車に乗り込み無事帰った。
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| 電車乗り込み時のマナー欠落 |
前にもどこかで書いた気がするが、とにかくひどい。特に女子高校生がひどい! 本来二人が同時に降りられるはずのドアの半分を塞ぎ、さらに残りの半分も目の前に平然と立ちはだかっている。どこに行っても日立周辺の駅ほどひどいところはない。1年くらい前、正しい乗り降りの習慣をつけるキャンペーン期間があったとき「乗り込みは全員降りてからお願いします」という放送があったが、ほとほんど効果がなかった。 一度まだ降りている最中に乗り込もうとした女子高生を「降りてから乗り込め!!」と力づくて押さえて引き戻していた男をみたことがあるが、これは稀。 全く日立の女子高生は日本の恥だ!! -------------------------------------- 7/15追記 と思っていたが、どうやらぺん吉の錯覚で、いい年をした大人が同じようなことをしていた。 もはやこれは日立の伝統的な悪弊でもはや救いようがないのか?
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| 雨も平気だったチャイ |
雨が大嫌いで、雨降りのときは玄関から外に出すのが一苦労だったのに、今朝はなんとかなりの雨なのにすんなり外に出た。そしてなんとボール遊びをしたがった。この1年、ただひたすら歩くだけの散歩だったけど、よほどつまらなかったんだなー と思い、なんだかチャイに悪いことしてしまったようで申し訳なく感じた。
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| ケーブルテレビ |
JWAY(http://www.jway.co.jp/)のケーブルが入った。日立が拠点。日立の人しか見られない超ローカルテレビが見られる。もう半年も前から申し込んでおいたが、JWAYの手違いで、申し込みリストから漏れていたため設置が遅れてしまったとのこと。何度も謝っていた。 駅前のシビックセンターの近くに何台か定置カメラがあり、駅前の様子が音楽とともに放映されている。昭和初期の日立市民の暮らしが分る貴重な画像も紹介していた。 高校野球の予選も放送される。卓球の試合があったが経費節約のためがアナウンサーはおらず、様子を伝える画像のみだった。 これまでまりぴーの学校にも何度が取材に来てカメラにも撮られたといってた。昔の録画を繰り返し放映していたからそのうち見られるかもしれない。 その他各社でやっている無料のBSとディズニー映画専門のケーブルテレビが見られる。 4分割の分配器を買ってきてパソコン、及び単身赴任で使っていて今は寝室においてある14インチのテレビでも見られるようにした。 インターネットは上りが5Mで下りは50M。これまでより、感覚的には5倍くらい速い。メイルも4つまでは無料でアドレスが取れるとのこと。
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| いじめのドラマは苦手 |
純情きらり、毎日録画しているが、最近はきらりが虐めに会う場面が多く、見るに耐えず、途中で消してしまうことが多い。 以前「女王の教室」でも虐めの場面が多かったが、辛うじてみた。しかし知らない間にファンになってしまったきらりの場合はどうにも耐え難い。ドラマはこの手の虐めがよくある。多分虐めを適度に入れる視聴率が上がるから、脚本家が取り入れるのだと思うが、ぺん吉にはダメだ。 実社会では割と平気で身内や他人に冷たくしているこの俺が何でたかがドラマごときの虐めに耐え難いほどの苦痛を覚えるのか実に不思議だ。「もしかしたらぺん吉ってホントはやさしくていい人なんだろうか?」とさえ思ってしまう。まったく世の中は分からないことが多い。 ちなみに娘は虐めがらみのドラマは大好きといっていた。
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| 京都の人はホンネを言わない |
ただし話は幕末の頃。司馬遼太郎「峠」(主人公は河合継之助 http://www1.megax.ne.jp/ume5884/kawai.html)から引用。 今はどうなんだろう?
京から東の日本人と上方の人間とはまるで発想習慣が違う。上方者は口が軽い。口と頭とが無連絡にものをしゃべる。心になくても会話だけが独立している。会話だけで社交が成立し、その言葉は多くの場合ホンネではない。ホンネを言うのは京では野暮とされている。が、京より東の方の日本人は、常にその会話はホンネなのである。京者は違う。会話は相手との情緒を和らげるためにのみ存在し、自然それは芸のようなもので、根も葉もない。京者が何か欲しいものがあっても直接的にいうことはまずない。正気でホンネで「欲しい」というときは、医者に来て欲しい。というときぐらいのものあろう。七転八倒しながら絶え絶えの息の下から「医者や医者や」と叫ぶときだけが、京のこの洗練されすぎた会話感覚の中のホンネであろう。
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